I've got A New Way of Walking, Talking , Attitude, JESUS is Taking me Higher.
                  
第二コリント 5:7 確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。

現状を報告するものではなく、あるべき姿を宣言するものとなるために。

2008年は主の御顔を仰ぎ見る年です。私たちクリスチャンはそのために信仰の歩みを確実に歩まなくてはなりません。人の目は現状の難しい問題に向けられる時、本来主の御顔を仰いで信仰によって歩む所から状況の困難さに流され落胆して歩んでしまいがちです。この状況に主は私たちに再度信仰によって歩んでいるかを問われるのです。あなたは誰を信じて歩んでいるのですか?私ですか?それともあなた自身ですか?と主が語られるのです。

出エジプトを果たしたイスラレルの民は12人のリーダーを約束の地へ偵察に行かせました。帰ってきたリーダーたちはその地は良い地であったがそこには巨人のアナク人がいて自分たちがイナゴのように見えたと嘆きながら報告しました。しかしカレブは「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」と言いました。ここに私たちは信仰によって歩むの姿と問題の大きさに圧倒されて嘆いて歩むものの姿を見ることができるのです。

民数記13:27 彼らはモーセに告げて言った。「私たちは、あなたがお遣わしになった地に行きました。そこにはまことに乳と蜜が流れています。そしてこれがそこのくだものです。
13:28 しかし、その地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。
13:29 ネゲブの地方にはアマレク人が住み、山地にはヘテ人、エブス人、エモリ人が住んでおり、海岸とヨルダンの川岸にはカナン人が住んでいます。」
13:30 そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」
13:31 しかし、彼といっしょに上って行った者たちは言った。「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから。」
13:32 彼らは探って来た地について、イスラエル人に悪く言いふらして言った。「私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽くす地だ。私たちがそこで見た民はみな、背の高い者たちだ。
13:33 そこで、私たちはネフィリム人、ネフィリム人のアナク人を見た。私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。」
14:1 全会衆は大声をあげて叫び、民はその夜、泣き明かした。

数年前にデイル・マストという預言者が語られた話を思い起こしました。私は問題が生じるときに常に御霊の賜物を使います。その御霊の賜物が私を窮地から救い出しますと。(もちろん主のお働きですが)
デイル師は次のように言われたのです。私たちは、現状を報告するものではなく、あるべき姿を宣言するものでなければならない。問題の大きさに失望し嘆くのではなく、その問題に対して私たちがカレブのようにあるべき姿を預言するのです。ここに信仰によって預言の賜物を用いる姿があるのです。私たちは現状の難しさを主に祈るのではなく、主から与えられた預言の賜物を用いて勝利することができるのです。見るところによってではなく、信仰によって歩むものの姿がここにあります。



                                         ハーベストタウンチャーチ 牧師 加島千秋