I've got A New Way of Walking, Talking , Attitude, JESUS is Taking me Higher. |
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| 詩篇27:4 「私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。」 新年の聖会でマーシャル女史が主の民に預言して言われた言葉が印象的だった。 「今日、私の民はどのようにすべきか(Activity)知っている。しかし、どのようにあるべきかは知らない。 (ミニストリーの行動はしてきたが、主との親密さにおいては欠けているというのだ。) 主の民は主の御手をさがしているが、主の御顔を求めていない。主の御顔を見つめてはいない。」 その預言は非常に的確に主が私たちに何を求めておられるかが分かりました。主が今まで語られてこられた御言葉が鮮やかに示されてきました。 マタイの7:21 7:21 わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。22 その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行なったではありませんか。』23 しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』 ここにある神の何よってミニストリーをしてきたものたちが主に受け入れられていない理由は十字架の横の線である人々に対するミニストリーはなされていても縦の線である自分と主との関わりの薄さゆえに主が不法をなすものと言われているように思えてきた。主の御心を知るには主との親密な交わりなしにはありえない。 息子アブシャロムの謀反にダビデの思いは困惑でも恐れでもなく、ただ一つ、主との親密な交わり立つことに向けられた。 終わりの時代にあって主の教会は、主との親密な交わりなくしては、突然の嵐に対応することは不可能なのだ。しかし、主との親密な交わりから主の御心を知るならばどんな出来事に対しても主は共におられ主の平安のなかに住まうことができる。ダビデはただ主の家に住み、主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふけることを主に求めている。 後ろの戸を閉じてただ主の御顔を仰ぎ見ることだけに集中すること。主が来て下さり、主が語ってくださるのをただ待つ。主のためにただただ時間をついやす。ここに天の御国の鍵がある。それを実行しよう。 マタイ6:33 「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」 ハーベストタウンチャーチ 牧師 加島千秋 |