I've got A New Way of Walking, Talking , Attitude, JESUS is Taking me Higher.
                  
2007年は天が開けて神の国を見るようになる。
  
今年ある集会で天から宝石が降ってきたことを聞きました。今まで金粉や金が現れたのを見たことがありますが、天の宝石が降ったなどと言う話は初めてでした。その現物は見ることはできませんでしたがそのスライド写真を見せていただきました。全部で39個降ったそうで、手のひらにのせてあるもの、大きさは50カラットで青く光輝くものでした。天が開かれこのようなことが起こされるということは、神様は、私たちに天の御国が現実のものであることを私たちがもっと信じるためにこのようなリアリティをお与えになるのではないかと思わされました。

 聖書で初めて天が開かれたのを見たのはヤコブではないでしょうか。ヤコブは父イサクをだましてでも父の祝福を奪おうとして兄の怒りを買い父の家からおじの家へと旅立ちました。ヤコブはせっかくの神の祝福をいただいたにもこかかわらず今は父の家を追われ荒野で一人石を枕に一夜を過ごさねばなりませんでした。しかし、ヤコブは天からはしごが伸びみ使いたちが上り下りするのを見たのです。ヤコブはそれを見たときに恐れを抱いてここは神の家なのに私はそれを知らなかったといいました。ヤコブは天が開けて天が地にもたらされるのを見たのです。  

今日の私たち教会は、神の祝福をいただいているにもかかわらず、荒野で一人石を枕にすごさねばならないヤコブのような状態にあります。しかし、神は天を開きその御国の祝福のリアリティを教会に与えようとしておられるのではないかと私は思わされました。まさにここは神の家だと神は、私たちに言わせたいのだ。それなのに私はそれを知らなかったと。事実以上の真実がここにあります。 
主イエスは、天で御心がなるように地でも御心がなりますようにと祈りなさいと言われました。また、ナタナエルにあなたは人の子の上をみ使いが上り下りするのを見るようになりますといわれました。教会に対する認識をまったく新たにされる時がきたのです。

 もし、私たちの内におられる方が主イエスであるならば、主イエス様の上の天は開け、み使いたちが上り下りするのは当然ではありませんか。今年は私たち教会の信仰の変革の時であり神の御国の現実が表される時でもあると信じ期待し主に求めてまいりたいと願っています。

                                                                              牧師 加島千秋