I've got A New Way of Walking, Talking , Attitude, JESUS is Taking me Higher. |
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| これは2週間前のメッセージですが、私たちは経済界においても政治においてもまたキリストの教会内においても大変な混乱の中にあります。特にキリストの体である教会において最も用いられていた人物が大きな偽りの中にあったことは大変なショックでありました。そしてデボーションという主の御心を知る働きが偽りの人物によって日本の教会に拡大されていたことにはさらに戸惑いを覚えます。 教会形成や権威主義、経済管理などのシステムなどに問題があったなどの話を聞きます。かつてその人物は日本で有名になることを求めているということを本に記していたそうですが、このような混乱の中で私たちはいったい何を求めていったらよいのでしょうか? わたしは主に用いられているある人のメッセージを読んで感銘を受けたことがありました。彼は多くの良い教えや真理は大切であるけれどもわたしは主によって導かれたのは次の2つのことを求めることだと言うのです。 彼曰く、それは「キリストにある神の御こころを知る」ことと、「キリストの光に照らされた自分自身のこころを知る」ことであると。 私たちは自分が人からどう見られるかを気にして本当の自分を隠したりします。また主の御前においてさえ本当の自分の姿が分からないほど自己正当化したり自分の考えが理屈にあっているなど思ってしまうのです。 イエス様が弟子達にあなたがたは私を誰だというかと質問されたときに、ペテロは聖霊によって「あなたこそ生ける神の子キリストです」と告白し主から賞賛されましたが、その直後に主が人の子は捕らえられ十字架に付けられ死に、三日目によみがえると聞かされたときに。ペテロは主よそんなことは起こるはずがありませんと否定しました。すると主は、ペテロあなたは神のことを思わないで人のことを思っていると叱責されたのです。 ペテロは主イエス様から神の御心を知らされましたが彼の心が人間的な思いに向いていたために神の御心を正しく知ることができませんでした。ペテロは主の言葉によって自分の心が何処に向いているのかを教えられたのです。 人は聖霊の助けによらなければ、自己欺瞞に陥りやすく自己正当化しやすい存在であることから逃れられないのです。自分の心にある偽りをすて清められなくてはなりません。 そのためには私たちは主のみ心を知ることをせつに追い求め、また自分自身の心をキリストの光で照らされ自分の心を知ることを求めるものとなりましょう。 ヤコブ1:22ー25「また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行いによって祝福されます。」 エレミヤ17:9「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知る事ができよう。」 詩編139:23?24「神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷ついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。」 詩編19:12?13「だれが自分の数々のあやまちを、悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。あなたのしもべを、傲慢の罪から守ってください。それらが私を支配しませんように。そうすれば、私は全き者となり、大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。」 2コリント13:5 あなたがたは、信仰に立っているかどうか、自分自身をためし、また吟味しなさい。それとも、あなたがたのうちにはイエス・キリストがおられることを、自分で認めないのですか。・・あなたがたがそれに不適格であれば別です。・・ ハーベストタウンチャーチ 牧師 加島千秋 |