I've got A New Way of Walking, Talking , Attitude, JESUS is Taking me Higher. |
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| 預言者エリヤと神の声を聞いた寡 1列王記17:1-16 1 エリヤの主の御声に信頼する訓練 預言者エリヤはケリテ川のほとりに退き主が命じられた方法、つまりその川の水を飲みカラスによって養われなければなりませんでした。 2 エリヤと寡の主の御声に信頼する訓練 預言者エリヤはツアレファテのシドンの寡のところに行き養うと言われた主の言葉に従い出かけていきます。するとそこに薪を拾っている女に出会います。エリヤは水を一杯くださいとその女に求めました。その女が水を取りに行こうとするとエリヤはさらに一口のパンもくださいと言いました。するとその女は「あなたの神、主は生きておられます。」と言いい、実は私は薪を拾って最後の一握りの粉でパンを焼いて私と私の息子のために調理して死のうとしているのですと言いました。危機的状態の中で女は預言者エリヤと出会ったのです。 3 預言的理解 私たちはここで預言的出会いがあるのを見逃してはなりません。エリヤが女に声をかけ水と一口のパンを求めた時に、女は「あなたの神は生きておられます」と言いました。誓いの言葉で主は生きておられるという慣用句的な表現があるそうですが、彼女が叫んだこの言葉こそ神がシドンの女に語られた言葉(聖書にはありませんが、もうしばらくすると預言者エリヤが来てあなたに水とパンを求めるからその人を養いなさいと神は語れたはずです。)に対する驚きの反応であったと私は考えます。何故ならば神はエリヤに対して「シドンのツアレファテに行きそこに住め、わたしは、そこのひとりの寡に命じて、あなたを養うようにしている」と主が語られているからです。 エリヤが町の門に近づいた時にエリヤからその女は声をかけられた言葉こそ女が神から命じられた養うべき人物であるとの確信を抱いたゆえに女は驚嘆して本当に神が自分に語られことが事実であると「あなたの主は生きておられます。」と言ったのだと私は考えます。 預言的流れの中にいるときに私たちは神からの預言の言葉で出会うべき人やそのしるしを前もって教えられることを経験しますが、その預言の成就の時に私たちはこれこそ神の語られたその時、その人、その状況を体験すると「主は生きておられる」と叫ぶものなのです。 4 預言的は状況に関わらず ここにエリヤが状況は分かりましたが恐れないで先ずわたしのために小さなパン菓子を作り持ってきなさい。そしてあなた方のために作りなさいといいました。主があなた方の食料を与えてくださると言われるからとエリヤが語りました。彼女がそのとおりにするとエリヤの言葉のとおりにかめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかったのです。寡にとっても預言者エリヤにとっても神の言葉に応答するのに難しい状況であったと思いますが、私たちは神のご命令にどんな時にも忠実に従う信仰が求められていることを学びびましょう。 この話は、食料に困窮し死のうとしている女が主の言葉を聴き、それに従うときに、預言者エリヤを養うことができるようになった奇跡なのです。神の言葉を聞いても危機的状況の中で自分にはとてもほかの人を養うなどできることではないと思っていたでしょう。しかし神の預言者の言葉に応答するときにその人は預言者を養うことができるようになり、また自分たちも養われることになったのです。神が命じられた言葉は必ずそのとおりになるのですから状況に関わらず従いましょう。 あなたが今何かの問題の中で困窮し絶望しておられるかもしてません。しかし、あなたが神の預言者と出会うときに状況は変えられ不可能と思っていたことが可能となり絶望は希望となり、困窮していた者が供給する者に変えられるのです。どうか失望しないで神の声を聞くものとなりますように。 ハーベストタウンチャーチ 牧師 加島千秋 |