神様からの預言          加島寿子 


  1996年5月5日、私は静岡の娘たちが行っている教会の礼拝に、家族と共に出席しました。礼拝の最後に、賛美を歌い終わり着席したときに、突然私の頭の中に、この言葉が来ました。「私の救いは、遅くなることはない」それで直ぐに私は忘れないために週報にメモをしました。私はそれが今朝の礼拝の前に、涙ながらに語られた牧師婦人の息子さんが倒れ、記憶を失ってしまったということへの神様からの言葉であると感じました。しかし、その言葉が聖書のどこにあるのかを知らなかったので、直ぐには牧師先生たちには話せませんでした。

それで静岡から埼玉に帰り、聖書を調べました。イザヤ書を見るように導かれてイザヤ書46章13節に(当時は口語訳)「私は、わが救いを近づかせるゆえ、その来ることは遠くはない。わが救いはおそくない。」を見出して娘に電話し、神様からの御言葉の約束を牧師婦人に電話をしてくれるようにたのみました。

それから一週間位経って、牧師婦人から電話が埼玉の私の家に来ました。息子さんが癒されたこと、そればかりではなく、イエスキリストを信じ救われた、と証してくださったのです。

報告してくださったときは大変嬉しく、今でも神様の約束の言葉と、癒しと救いを心から感謝しています。その後のことは娘からの話だと、今はその息子さんは結婚して子供さんが一人いることを聞いています。私はその方に一度もお会いしたことはないけれども、神様は全てのことをご存知です。