| 神様のご計画 加島清美 |
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私たちは、1965年6月のペンテコステの日に、日本同盟キリスト教団浜松中沢教会で吉持章牧師から家族そろって洗礼を受け、以来クリスチャンとしての人生を歩んできました。転勤のために、各地の教会でお世話になりましたが、平成15年9月に、狭山市から野田市に移ってきたので、その後は、この教会でお世話になっています。 ● どうしてクリスチャンになったか 当時の私は36歳で、本田技研工業株式会社浜松製作所の工務課長を勤め、200人余の部下を預かり、神様もイエス様も知らず、すべてを合理的に考えて強気に行動する、やる気満々の若手管理職でした。 ある日のこと、工場長から「君、夜になったら、私のうちに来ないか、若いけれども大変良いお話をしてくださるキリスト教の牧師が家にきてお話をしてくださるから」といわれました。私は上司にいわれたので仕方が無く家内と一緒に、そのお宅に行って見ました。1964年の夏だったと思います。そのお宅に行ってみると、会社の顔見知りの課長や係長、班長も呼ばれていて、本田に部品を納入している会社の方も来ていました。それは家庭集会でしたが、工場長の権力で、仕方なく来た方も多かったと思います。その時、私の上司はまだクリスチャンではありませんでした。当時その教会は私の家の近くだったので、間もなく工場長は、「君、すまないが家に来るとき教会に寄って、牧師夫妻と聖書、聖歌を乗せて来てくれないか」といわれ、私は逃げることも出来ず、以来毎週その家庭集会に、行くことになりました。教会に行ったのは、その年のクリスマスの祝会に招かれた時が始めてでした。そして教会が家の近くだったので、私達家族は、その教会に行くことになり、間もなく洗礼準備のため教材を渡され、勉強することになりテストにも合格して、翌年の6月のペンテコステの日に、家族そろって洗礼を受けました。こんなわけで、当時私は、悩みも苦しみもなく、義理でスタートしたのに、イエス様を受け入れて洗礼を受けるまでになりました。それまでは、毎週日曜日は車で、家族そろって海や山に遠乗りに行くのが普通でしたが、教会に行くようになってからは、日曜日には礼拝に出席して、イエス様のお話をお聞きするようになったのです。家族ぐるみの牧師家族との交わりもありました。こうして、私たちはクリスチャンになりましたが、実はその陰に神様の深いご計画があったのです。 「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。」ヨハネの福音書15:16 ● その後のクリスチャン生活 その後私は、1967年に山口の営業所長になり、山口市に移りましたが、私達は、単立の山口福音教会に行くようになりました。営業では日曜日の仕事もあって、礼拝に欠席することもありましたが、私達は山口のクリスチャン達に、暖かく迎えられてクリスチャン生活を続けることが出来ました。そして1970年に、博多に転勤になり、また教会を変わることになって、今度は福岡市の平尾バプテスト教会でお世話になりました。 福岡で私は、ホンダを買った方の苦情を扱うという仕事を勤めて来ましたが、翌々年の1972年には、神様は私を、本田が世界に先駆けて取り組んで来た、低公害車開発プロジェクトの課長として転勤させ、東京に転勤になりました。今度は練馬区大泉の大泉バプテスト教会でお世話になりました。それから更に二つの教会を経験し、1982年11月に、狭山市に家を買って住むことになったので、日本ホーリネス教団の川越のぞみ教会にお世話になるようになりました。クリスチャンは、どこに行っても教会があり、礼拝に列席し御言葉をお聞きして、信徒の暖かい交わりができました。それだけではなく、仕事面でもいろいろな艱難に合いましたが、その都度神様に祈って守られてきました。神様は私をその後、会社の大事な仕事に、次々とつけて下さり、また私に必ずそれを成し遂げる力を与えて下さいました。そして、家内は、どこに行ってもクリスチャンの婦人会の方々との交わりがあり、家庭集会も持つことができました。私たちの子供達二人も、クリスチャンとして育って行くことが出来ました。 本田を定年退職後間もなく、私はアメリカ人と一緒に新しい会社を設立することとなり、以来11年間私はその会社の代表取締役として働くことになりました。家内も取締役として、一緒にその小さな会社の運営の仕事に用いられました。 私はその後、アメリカはもとより、ヨーロッパや東南アジアの諸国を何十回も訪れて働くことが出来ました。主は慈しみと省みによって、私たち夫婦に誠に不思議な体験を与えてくださいました。 私は71歳になった時その会社を退職して、その後は一切の仕事と離れた生活を続けてきましたが、昨年9月私は74歳となったので、老後を長男一家の近くで過ごすことにして、野田市の郊外に転居し、以後この教会にお世話になるようになりました。 振り返って見ると、今まで教会生活だけではなく、仕事や健康や、家庭的、経済的に、いつも主に守られてきました。 「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」詩編103:2 そしてこの教会に来て、先日「あなたはまだ若くて、神様はこれからあなたを使おうとされています。」という神様からの預言が与えられました。私たちは歳をとりましたが、神様は私たちのために、御国のための仕事を備えていてくださるのです。 今私たちは、神様から牧師を通して、私たちがイエス様のように変えられていくこと、昔の使徒たちのように、私たちが聖書の御言葉を行うものとなるように教えられています。 |
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