歩いてフィリピンに帰った人の話    2000年 6月                
 
 
 6月の礼拝である方が半身不随で大変困難な状態にある人がいるという話を聞きました。それでその方のアパートに訪ねて行きました。アパートの側に車を止めると何か声が聞こえました。「助けて」という声で急いで部屋に入ると半身不随の人が布団から落ちて動けないでいたのです。やっとのことで車椅子に座らせ話を聞くと、2年前に脳の血管がつまり手術を受けたのですが左半身が全く付随になり、今は費用が払えなくて病院にも行くことができないので早くフィリピンに帰りたいということでした。この方はカトリックの人ですが、以前福音を聞きましたがそのときは受け入れなかったのです。部屋の中は犬がいたりして大変不潔でしたが短くイエス様の話をして解放と癒しの祈りをしました。
 その人は次の日曜の礼拝に出たいと言うことなので日曜日に迎えに行きました。車椅子の人をその人の住むアパートの2階から下ろして車に載せ教会へ、そして3階の私たちの教会へ皆で引っ張り上げて何とか上げることができました。タガログ語の礼拝で大変恵まれ涙をぼろぼろ流しました。
メッセージが終わり祈りのときとなりました。会衆のために一人づつ祈りましたが、その人のときに癒しのために全員で祈りました。
 今年の5月のCIの聖会でチャックピアス師が「神の慈しみの時」ということを話されましたが、主に慈しみを求めて祈りました。祈りが終った時、その人に信仰が与えられ自分の足で立とうという気持ちが与えられ皆に支えながら彼女は数年ぶりに立ち上がることが出来ました。そして更には誰にもつかまらずに自分の足で立つことができたのです。(彼女は左半身が完全に麻痺して左腕、左足にまったく力が入らない状態でした。)
その人は来週は必ず歩くと言って車椅子に座りました。次の日曜日にまた迎えに行くことを約束して帰りました。
 しかし彼女は次の日曜に来ませんでした。彼女は同棲していたので家を追い出されて友達の家に行ったそうです。話に聞く所によると彼女は教会から帰った後に癒されて自分で歩けるようになったのですぐにフィリピンに帰ったというのです。もう一度会って話がしたかったのですが・・・・。

神の慈しみの時が始められていることを褒め称えます。