| キリストは全能者だ 若松ミチエ 私達の教会では昨年はヨハネ伝を順次説教されました。九章では生まれつきの盲人がイエス様から泥を塗っていただき「遣わされた者の池へ行って洗いなさい」と言われ、その通りにして目が見えるようになった。ユダヤ人たちのある人は「その人は神から出たのではない」と言い、ほかの者は「罪人である者に、どうしてこのようなしるしを行うことができよう」と言った。 教会でも神様の癒しはほとんど触れない。聖書の中の出来事としてしか捕らえていない。疑わないで信じるなら願い求めたようになると私は信じている。 私の住んでいる町にある新興宗教が空にそびえる城を建て、日曜日になるとバスを連ねて拝みに来る。近くの農民も商人も学生も。一万人にのぼる。ある時テレビで病人の癒しの放映を流したからだ。私宅にも、こんなすばらしい神は外にありません。ぜひ入信してきうださいと・・・。私は真の神様を信じていないから、こんなに熱心にキリストを勧めたことはない。なぜだろうか?キリストは病気の癒し主ではないのか?悩んだ末、聖書を何度も読み返し、主に訴えていました。 福音書では、いつもイエス様は病人を癒しながら神の国のことを教えて信じるように招いてくださっているのに。盲人であった彼も「『主よ。私は信じます。』そして彼はイエスを拝した」(九・38)とある。そのごとく、神の力を受けて人々に語り、病からの癒しを口を持って語るとき、弱い者は耳で聞いて信じる。イエスの名によって語られるとき、確かに癒される。私はそのように信じている。 あれは昨年の八月、東京福音クルセードにアルゼンチンから来られたアナコンディア師。祈りと賛美が神に捧げられ、炎のように天に届いた。多くの病人が癒され、証を聞いた。うれしくなった。私も全集会に参加した。実は私も四年前からひどい蕁麻疹(じんましん)で毎朝と夜、全身が覆われ、病院に勤務しながら薬を飲んでも治らない。痒くて夜も眠れない。頭の中から口の中、舌にビー玉でも入っているように硬くなる。このまま死ぬまで治らないかも、とあきらめたり、イエス様、私は信じているのです、癒してくださいと祈ったり。しかし、三日間の集会では私は治らなかった。でも確かに癒されて喜んでいる人々を見るとき、私はうれしくてキリストは全能者だとたたえて帰りました。 一夜明けた私の身体は完全に蕁麻疹から開放されていたのです。あれから三ヶ月余り一疹も出てこないのです。これは何ですか。今もキリストは病める者の祈りを聞いて癒してくださる真の神。癒しの業です。 1994年2月6日 クリスチャン新聞に掲載された若松姉妹の記事より |
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