妻に誘われて、イエス様に出会う


主の御名を賛美します。

私は佐賀県の田舎の炭鉱町で生まれ育ちました。20歳の時に炭鉱で働くことになりましたが、その炭鉱も1年で閉山になり次の炭鉱も閉山になり、S33年に北海道の炭鉱に勤務になり両親と妹2人と14世帯の家族の人たちと共に三笠の炭鉱に引っ越しました。S37年に結婚し子供は2人さずかりS44年に炭鉱に見切りをつけて会社を退職し野田市の方にある鉄鋼関係の会社に就職しました。
 坑内作業は一番危険な事故の多い仕事に従事してきましたが、32歳頃に坑内作業で無理な仕事をして腰痛を悪くし再就職した後も毎年のように病院へ通院していました。腰を曲げると曲げた状態で腰を伸ばそうとすると背骨が鉄筋を曲げた状態になり立って歩けませんでした。その様な腰の痛みの中で寝ていて起き上がるときの痛みは忘れることはできません。 神を信じていなくても、痛み苦しい時の神頼みと、何度も心の中で叫んだこともあります。


 家内は私をイエス様のところに導こうといつも教会に誘いますので付き合い程度で一度だけ教会に行きました。人生は出会いで決まる、と言われます。いろいろな出会いがありますが一番の出会いは、私達を造られた神、主イエス様のほかにはいません。私はそのイエス様に出会いました。
 私がイエス様を信じたのはまだ屋根のできていない時の後楽園球場でのビリーグラハム大聖会に参加して最後に決心者の招きで前に出て行きただ信じました。45歳でした。イエス様は神様でありましたが人間として私達のすべての罪と病を背負い身代わりとなり十字架上で懲らしめられて死んで3日目に蘇り勝利されましたと、語られたと思います。その後に教会へ出席し礼拝のメッセージの中で信じないものではなく、信じる者になりなさい。との御言葉は私にもあてはまることができます。私もイエス様を信じる前は疑う心をもっていました。宗教の神様はすべて作り事で同じ程度に考えていましたが聖書の話を聞く時に自分自身が罪深い人間と悟らされました。私が救われてから心に喜びと賛美が心からあふれ出てきました。この様な罪深い自分勝手な生き方、罪を罪とも思わない、とるにたらない無に等しい無学な者を、お救いくださったことを心から神様に感謝しています。


 私が聖書の神様に出会っていなかったなら自己中心で罪深い生き方をしていたと思います。イエス様を信じるまでは、毎年腰痛症で痛み苦しんでいたのが教会へ行くようになって腰痛も少しづつ癒され4ヶ月程度で癒されました。その後は定年過ぎた現在まで腰痛症で病院にかかることはありませんでした。主の哀れみと、恵みによって癒されました。今思い出す時あの腰痛症の痛みはなんだったのかと思います。

 福音書の中に息子の病気を癒してほしいとイエス様にお願いした父親がイエスキリストを信じた時息子の病気が癒されたとあります。主は憐れみ深いお方です。イエス様は私達の信仰を見られるのではないでしょうか。神様にしたがい歩む小さい信仰の中に神様が働いて下さると信じ確信しました。主を信じて今までわからなかったことがわかるようになり、見えなかったところが少し見えるようにしてくださいました。

 病気の中にも全部とは言わなくても自分の罪を神様の前に悔い改めていく時に、病気も癒されていくのではないでしょうか。

 また、リストラ倒産等があります、私は何度も経験しましたが、イエス様を知らない時はいつ辞めるのかいつ辞めさせられるのかと不安でいっぱいでした。その様な中で神様は聖書を通して御言葉を与えてくださいました。「だから、神の国と神の義とをまず第一に求めなさい。明日のための心配は無用です。」とのマタイの御言葉を与えられ心に平安が与えられリストラを乗り越えました。私は信仰はまだ薄いものでありましたが祈りつつ神様にゆだねることを教えられました。神様は全てを益として助けてくださいました。私達のよりどころ平安、喜びはイエスキリストの十字架の愛の中に入るときに与えられることを覚えます。人生には予期せぬ色々な出来事が起こります。クリスチャンになったからといって、例外ではありません。神様は私達の一人一人の人生に目的を持っておられ、試練や困難を乗り越える力を下さり、私達の人生を支え導き祝福してくださるお方です。これからもイエス様に従う者として歩んでいきたいと思います。

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